そんな、まるで違うのですが、でも、ふっと余生を感じることがありますね。僕は、まさか、ファウスト博士みたいに、まさか、万巻の書を読んだわけでは無いんですが、でも、あれに似た虚無を、ふっと感じることがあるんですね。」ひどくしどろもどろになって来た。
「そんなことじゃ、仕様が無いじゃないですか。あなたは、失礼ですけど、おいくつですか。」
「僕は、三十一です。」
「それじゃ、Cさんより一つ若い。Cさんは、いつ逢っても元気ですよ。文学論でもなんでも、実に、てきぱき言います。あの人の眼は、実にいい。」
「そうですね。Cさんは、僕の高等学校の先輩ですが、いつも、うるんだ情熱的な眼をしていますね。あの人も、これからどんどん書きまくるでしょう。僕は、あの人を好きですよ。」そのCさんにも、私は五年前、たいへんな迷惑をかけている。
「あなたは一体、」と客も私の煮え切らなさに腹が立って来た様子で語調を改め、「小説を書くに当ってどんな信条を持っているのですか。たとえば、ヒュウマニティだとか、愛だとか、社会正義だとか、美だとか、そんなもの、文壇に出てから、現在まで、またこれからも持ちつづけて行くだろうと思われるも
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