なるのだ。
「Bさんを知っていますか?」
「ええ、知っています。」
「こんど、あのひとに小説を書いていただくことになっていますが。」
「ああ、それは、いいですね。Bさんは、とてもいい人です。ぜひ書いてもらいなさい。きっと、いま素晴しいのが書けると思います。Bさんには、以前、僕もお世話になったことがあります。」お金を借りているのだ。
「あなたは、どうです。書けますか?」
「僕は、だめです。まるっきり、だめです。下手くそなんですね。恋愛を物語りながら、つい演説口調になったりなんかして、ひとりで呆れて笑ってしまうことがあります。」
「そんなことは無いだろう。あなたは、これまで、若いジェネレエションのトップを切っていたのでしょう?」
「冗談じゃない。このごろは、まるで、ファウストですよ。あの老博士の書斎での呟《つぶや》きが、よくわかるようになりました。ひどく、ふけちゃったんですね。ナポレオンが三十すぎたらもう、わが余生は、などと言っていたそうですが、あれが判って、可笑《おか》しくて仕様が無い。」
「余生ということを、あなた自身に感じるのですか?」
「僕は、ナポレオンじゃ無いし、そんな、まさか、
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