の、何か一つでもありますか。」
「あります。悔恨《かいこん》です。」こんどは、打てば響くの快調を以て、即座に応答することができた。「悔恨の無い文学は、屁《へ》のかっぱです。悔恨、告白、反省、そんなものから、近代文学が、いや、近代精神が生れた筈なんですね。だから、――」また、どもってしまった。
「なるほど、」と相手も乗り出して来て、「そんな潮流が、いま文壇に無くなってしまったのですね。それじゃ、あなたは梶井《かじい》基次郎などを好きでしょうね。」
「このごろ、どうしてだか、いよいよ懐かしくなって来ました。僕は、古いのかも知れませんね。僕は、ちっとも自分の心を誇っていません。誇るどころか、実に、いやらしいものだと恥じています。宿業《しゅくごう》という言葉は、どういう意味だか、よく知りませんけれど、でもそれに近いものを自身に感じています。罪の子、というと、へんに牧師さんくさくなって、いけませんが、なんといったらいいのかなあ、おれは悪い事を、いつかやらかした、おれは、汚ねえ奴《やつ》だという意識ですね。その意識を、どうしても消すことができないので、僕は、いつでも卑屈なんです。どうも、自分でも、
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