への手前をつくろひ、ときどきこんなふうに登校をよそふのであつた。男には、こんな世間ていを氣にする俗な一面もあつたわけである。またこの男は、どうやら自分の妻にさへ、ていさいをとりつくろつてゐるやうである。その證據には、彼の妻は、彼がほんたうに學校へ出てゐるものだと信じてゐるらしいのだ。妻は、まへにも假定して置いたやうに、いやしい育ちの女であるから、まづ無學だと推測できる。男は、その妻の無學につけこみ、さまざまの不貞を働いてゐると見てよい。けれども、だいたいは愛妻家の部類なのである。なぜと言ふに、彼は妻を安心させるために、ときたま嘘を吐くのである。輝かしい未來を語る。
その日、彼は外出して、すぐ近くの友人の家を訪れた。この友人は、獨身者の洋畫家であつて、彼とは中學校のとき同級であつたとか。うちが財産家なので、ぶらぶら遊んでゐる。人と話をしながら眉をしじゆうぴりぴりとそよがせるのが自慢らしい。よくある型の男を想像してもらひたい。その友人の許へ、彼は訪れたのである。彼は、もともとこの友人をあまり好きではないのである。さう言へば、彼は、彼のほかの二三の友人たちをもたいして好いてはゐないのである
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