につき疑ひ惱んで、そのとき第三の通信。こんなふうに、だいたいの見とほしをつけて置く。主人公を、できるだけ文學臭から遠ざけること。さうして革命家をこころざしてからは、文學のブの字も言はせぬこと。自分がそのやうな境遇にあつたとき、心から欲しいと思つた手紙なり葉書なり電報なりを、事實、主人公が受けとつたことにして書くのだ。これは樂しみながら書かねば損である。甘さを恥かしがらずに平氣な顏をして書かう。男は、ふと、「ヘルマンとドロテア」といふ物語を思ひ合せた。つぎつぎと彼を襲ふあやしい妄念を、はげしく首振つて迫ひ拂ひつつ、男はいそいで原稿用紙にむかつた。もつと小さい小さい原稿用紙だつたらいいなと思つた。自分にも何を書いてゐるのか判らぬくらゐにくしやくしやと書けたらいいなと思つた。題を「風の便り」とした。書きだしもあたらしく書き加へた。かう書いた。
 ――諸君は音信をきらひであらうか。諸君が人生の岐路に立ち、哭泣すれば、どこか知らないところから風とともにひらひら机上へ舞ひ來つて、諸君の前途に何か光を投げて呉れる、そんな音信をきらひであらうか。彼は仕合せものである。いままで三度も、そのやうな胸のとき
前へ 次へ
全31ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング