り好きでないの。誇りをうしなつた男のすがたほど汚いものはないと思ひます。でもあなたは、けつして御自身をいぢめないで下さいませ。あなたには、わるものへ手むかふ心と、情にみちた世界をもとめる心とがおありです。それは、あなたがだまつてゐても、遠いところにゐる誰かひとりがきつと知つて居ります。あなたは、ただすこし弱いだけです。弱い正直なひとをみんなでかばつてだいじにしてやらなければいけないと思ひます。あなたはちつとも有名でありませんし、また、なんの肩書をもお持ちでございません。でも私、をととひギリシヤの神話を二十ばかり讀んで、たのしい物語をひとつ見つけたのです。おほむかし、まだ世界の地面は固つて居らず、海は流れて居らず、空氣は透きとほつて居らず、みんなまざり合つて混沌としてゐたころ、それでも太陽は毎朝のぼるので、或る朝、ヂユーノーの侍女の虹の女神アイリスがそれを笑ひ、太陽どの、太陽どの、毎朝ごくらうね、下界にはあなたを仰ぎ見たてまつる草一本、泉ひとつないのに、と言ひました。太陽は答へました。わしはしかし太陽だ。太陽だから昇るのだ。見ることのできるものは見るがよい。私、學者でもなんでもないの。こ
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