させやうとしたらしいが、私たちは、ただ、この畸形的な鶴の醜さに顏をそむける許りである。
彼はカツレツを切りきざんでゐた。平氣に、平氣に、と心掛ければ心掛けるほど、おのれの動作がへまになつた。完璧の印象。傑作の眩惑。これが痛かつた。聲たてて笑はうか。ああ。顏を伏せたままの、そのときの十分間で、彼は十年も年老いた。
この心なき忠告は、いつたいどんな男がして呉れたものか、彼にもいまもつて判らぬのだが、彼はこの屈辱をくさびとして、さまざまの不幸に遭遇しはじめた。ほかの新聞社もやつぱり「鶴」をほめては呉れなかつたし、友人たちもまた、世評どほりに彼をあしらひ、彼を呼ぶに鶴といふ鳥類の名で以てした。わかい群集は、英雄の失脚にも敏感である。本は恥かしくて言へないほど僅少の部數しか賣れなかつた。街をとほる人たちは、もとよりあかの他人にちがひなかつた。彼は毎夜毎夜、まちの辻々のビラをひそかに剥いで廻つた。
長編小説「鶴」は、その内容の物語とおなじく悲劇的な結末を告げたけれど、彼の心のなかに巣くつてゐる野性の鶴は、それでも、なまなまと翼をのばし、藝術の不可解を嘆じたり、生活の倦怠を託つたり、その荒涼の
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