の短篇をまとめる。傑作だと思ふ。それからまた彼は、書きだしの文章を置きかへてみたり、むすびの文字を再吟味してみたりして、その胸のなかの傑作をゆつくりゆつくり撫でまはしてみるのである。そのへんで眠れたらいいのであるが、いままでの經驗からしてそんなに工合ひがよくいつたことはいちどもなかつたといふ。そのつぎに彼は、その短篇についての批評をこころみるのである。誰々は、このやうな言葉でもつてほめて呉れる。誰々は、判らぬながらも、この邊の一箇所をぽつんと突いて、おのれの慧眼を誇る。けれども、おれならば、かう言ふ。男は、自分の作品についてのおそらくはいちばん適確な評論を組みたてはじめる。この作品の唯一の汚點は、などと心のなかで呟くやうになると、もう彼の傑作はあとかたもなく消えうせてゐる。男は、なほも眼をぱちぱちさせながら、雨戸のすきまから漏れて來る明るい光線を眺めて、すこし間拔けづらになる。そのうちにうつらうつらまどろむのである。
 けれども、これは問題に對してただしく答へてゐない。問題は、もし書いたとしたなら、といふのである。ここにあります、と言つて、ぽんと胸をたたいて見せるのは、なにやら水際だつ
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