城下まちの高等學校で英語と獨逸語とを勉強してゐた。彼は英語の自由作文がうまかつた。入學して、ひとつきも經たぬうちに、その自由作文でクラスの生徒たちをびつくりさせた。入學早々、ブルウル氏といふ英人の教師が、What is Real Happiness? といふことについて生徒へその所信を書くやう命じたのである。ブルウル氏は、その授業はじめに、My Fairyland といふ題目でいつぷう變つた物語をして、その翌る週には、The Real Cause of War について一時間主張し、おとなしい生徒を戰慄させ、やや進歩的な生徒を狂喜させた。文部省がこのやうな教師を雇ひいれたことは手柄であつた。ブルウル氏は、チエホフに似てゐた。鼻眼鏡を掛け短い顎鬚を内氣らしく生やし、いつもまぶしさうに微笑んでゐた。英國の將校であるとも言はれ、名高い詩人であるとも言はれ、老けてゐるやうであるが、あれでまだ二十代だとも言はれ、軍事探偵であるとも言はれてゐた。そのやうに何やら神祕めいた雰圍氣が、ブルウル氏をいつそう魅惑的にした。新入生たちはすべて、この美しい異國人に愛されようとひそかに祈つた。そのブルウル氏が、
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