書き加へてあることにしよう。すこし、とぼけすぎるかしら。
男は夢みるやうな心地で街をあるゐてゐる。自動車に二度もひかれそこなつた。
第二の通信は、主人公がひところはやりの革命運動をして、牢屋にいれられたとき、そのとき受けとることにしよう。「彼が大學へはひつてからは、小説に心をそそられなかつた。」とはじめから斷つて置かう。主人公はもはや第一の通信を受けとるまへに、文豪になりそこねて痛い目に逢つてゐるのだから。男は、もう、そのときの文章を胸のなかに組立てはじめた。「文豪として名高くなることは、いまの彼にとつて、ゆめのゆめだ。小説を書いて、たとへばそれが傑作として世に喧傳され、有頂天の歡喜を得たとしても、それは一瞬のよろこびである。おのれの作品に對する傑作の自覺などあり得ない。はかない一瞬間の有頂天がほしくて、五年十年の屈辱の日を送るといふことは、彼には納得できなかつた。」どうやら演説くさくなつたな。男はひとりで笑ひだした。「彼にはただ、情熱のもつとも直截なはけ口が欲しかつたのである。考へることよりも、唄ふことよりも、だまつてのそのそ實行したはうがほんたうらしく思へた。ゲエテよりもナポレ
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