るとさへ言つた。彼にとつては、ただこの友人が、それはいい、おれもそんな風の便りが欲しいよ、と言つて呉れたら滿足だつたのである。批評を忘れやうとして、ことさらに、「風の便り」などといふロマンチツクな題材をえらんだ筈である。それを、この心なき洋畫家に觀念の機何學的構成だとかなんだとか、新聞の一行知識めいた妙な批評をされて、彼はすぐ、これは危いと思つた。まごまごして、彼もその批評の遊戲に誘ひこまれたなら、「風の便り」も、このあと書きつづけることができなくなる。危い。男は、その友人の許からそこそこにひきあげたといふ。
そのまま、すぐうちへ歸るのも工合ひがわるいし、彼はその足で、古本屋へむかつた。みちみち男は考へる。うんといい便りにしよう。第一の通信は、葉書にしよう。少女からの便りである。短い文章で、そのなかには、主人公をいたはりたい心がいつぱいにあふれてゐるやうなそんな便りにしたい。「私、べつに惡いことをするのではありませんから、わざと葉書にかきます。」といふ書きだしはどうだらう。主人公が元旦にそれを受けとるのだから、いちばんおしまひに、「忘れてゐました。新年おめでたうございます。」と小さく
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