猿ヶ島
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)勾配《こうばい》

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 はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え。夜なのか昼なのか、島は深い霧に包まれて眠っていた。私は眼をしばたたいて、島の全貌を見すかそうと努めたのである。裸の大きい岩が急な勾配《こうばい》を作っていくつもいくつも積みかさなり、ところどころに洞窟《どうくつ》のくろい口のあいているのがおぼろに見えた。これは山であろうか。一本の青草もない。
 私は岩山の岸に沿うてよろよろと歩いた。あやしい呼び声がときどき聞える。さほど遠くからでもない。狼《おおかみ》であろうか。熊であろうか。しかし、ながい旅路の疲れから、私はかえって大胆になっていた。私はこういう咆哮《ほうこう》をさえ気にかけず島をめぐり歩いたのである。
 私は島の単調さに驚いた。歩いても歩いても、こつこつの固い道である。右手は岩山であって、すぐ左手には粗い胡麻石《ごまいし》が殆ど垂直にそそり立っているのだ。そのあいだに、いま私の歩い
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