「これは、みんな猿か。」
 私は夢みるようであった。
「そうだよ。しかし、おれたちとちがう猿だ。ふるさとがちがうのさ。」
 私は彼等を一匹一匹たんねんに眺め渡した。ふさふさした白い毛を朝風に吹かせながら児猿に乳を飲ませている者。赤い大きな鼻を空にむけてなにかしら歌っている者。縞《しま》の美事な尾を振りながら日光のなかでつるんでいる者。しかめつらをして、せわしげにあちこちと散歩している者。
 私は彼に囁《ささや》いた。
「ここは、どこだろう。」
 彼は慈悲ふかげな眼ざしで答えた。
「おれも知らないのだよ。しかし、日本ではないようだ。」
「そうか。」私は溜息《ためいき》をついた。「でも、この木は木曾樫のようだが。」
 彼は振りかえって枯木の幹をぴたぴたと叩き、ずっと梢を見あげたのである。
「そうでないよ。枝の生えかたがちがうし、それに、木肌の日の反射のしかただって鈍いじゃないか。もっとも、芽が出てみないと判らぬけれど。」
 私は立ったまま、枯木へ寄りかかって彼に尋ねた。
「どうして芽が出ないのだ。」
「春から枯れているのさ。おれがここへ来たときにも枯れていた。あれから、四月、五月、六月、と
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