て出る波の模様を眺めながらうなずいた。せま苦しい箱の中で過したながい旅路を回想したのである。
「なんだか知れぬが、おおきい海を。」
「うん。」また、うなずいてやった。
「やっぱり、おれと同じだ。」
彼はそう呟《つぶや》き、滝口の水を掬《すく》って飲んだ。いつの間にか、私たちは並んで坐っていたのである。
「ふるさとが同じなのさ。一目、見ると判る。おれたちの国のものは、みんな耳が光っているのだよ。」
彼は私の耳を強くつまみあげた。私は怒って、彼のそのいたずらした右手をひっ掻《か》いてやった。それから私たちは顔を見合せて笑った。私は、なにやらくつろいだ気分になっていたのだ。
けたたましい叫び声がすぐ身ぢかで起った。おどろいて振りむくと、ひとむれの尾の太い毛むくじゃらな猿が、丘のてっぺんに陣どって私たちへ吠《ほ》えかけているのである。私は立ちあがった。
「よせ、よせ。こっちへ手むかっているのじゃないよ。ほえざるという奴さ。毎朝あんなにして太陽に向って吠えたてるのだ。」
私は呆然《ぼうぜん》と立ちつくした。どの山の峯にも、猿がいっぱいにむらがり、背をまるくして朝日を浴びているのである。
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