の最中であったのだが、知らせの花火の音を聞いているうちに我慢出来なくなり、非常に困ったのである。嫂も、あの時、針仕事をしていたのだそうであるが、花火の音を聞いたら、針仕事を続けることが出来なくなって、困ってしまったそうである。兄は、私たちの述懐を傍で聞いていて、
「おれは、泣かなかった。」と強がったのである。
「そうでしょうか。」
「そうかなあ。」嫂も、私も、てんで信用しなかった。
「泣きませんでした。」兄は、笑いながら主張した。
その兄が、いま、そっと眼鏡をはずしたのである。私は噴き出しそうなのを怺《こら》えて、顔をそむけ、見ない振りをした。
兄は、京橋の手前で、自動車から降りた。
銀座は、たいへんな人出であった。逢う人、逢う人、みんなにこにこ笑っている。
「よかった。日本は、もう、これでいいのだよ。よかった。」と兄は、ほとんど一歩毎に呟いて、ひとり首肯《うなず》き、先刻の怒りは、残りなく失念してしまっている様子であった。ずるい弟は、全く蘇生の思いで、その兄の後を、足が地につかぬ感じで、ぴょんぴょん附いて歩いた。
A新聞社の前では、大勢の人が立ちどまり、ちらちら光って走る電光
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