ニュウスの片仮名を一字一字、小さい声をたてて読んでいる。兄も、私も、その人ごみのうしろに永いこと立ちどまり、繰り返し繰り返し綴《つづ》られる同じ文章を、何度でも飽きずに読むのである。
とうとう兄は、銀座裏の、おでんやに入った。兄は私にも酒を、すすめた。
「よかった。これで、もう、いいのだ。」兄は、そう言ってハンケチで顔の汗を、やたらに拭いた。
おでんやでも、大騒ぎであった。モオニングの紳士が、ひどくいい機嫌ではいって来て、
「やあ、諸君、おめでとう!」と言った。
兄も笑顔で、その紳士を迎えた。その紳士は、御誕生のことを聞くや、すぐさまモオニングを着て、近所にお礼まわりに歩いたというのである。
「お礼まわりは、へんですね。」と私は、兄に小声で言ったら、兄は酒を噴き出した。
日本全国、どんな山奥の村でも、いまごろは国旗を建て皆にこにこしながら提燈行列をして、バンザイを叫んでいるのだろうと思ったら、私は、その有様が眼に見えるようで、その遠い小さい美しさに、うっとりした。
「皇室典範に拠れば、――」と、れいの紳士が大声で言いはじめた。
「皇室典範とは、また、大きく出たじゃないか。」こん
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