伸鍛錬を続けていたが、さすがに面白《おもしろ》くなかった。僕がそんなにマア坊にきらわれていたのか。好かれているとは、もちろん思っていなかったが、こんなに僕ひとり憎まれてきらわれているとは思い及ばなかった。自分の地位を最低のところに置いたつもりでいても、まだまだ底には底があるものだ。人間は所詮《しょせん》、自己の幻影に酔って生きているものであろうか。現実は、きびしいと思った。いったい僕の、どこがいけないのだろう。こんど一つマア坊に、真面目《まじめ》に聞いてみようと思った。そうして、機会は、案外早くやって来た。
4
その日の四時すぎ、自然の時間に、僕はベッドに腰かけてぼんやり窓の外を眺《なが》めていたら、白衣に着かえたマア坊が、洗濯物《せんたくもの》を持ってひょいと庭に出て来た。僕は思わず立ち上り、窓から上半身乗り出して、
「マア坊。」と小さい声で呼んだ。
マア坊は振向き、僕を見つけて笑った。
「土産をくれないの?」と言ってみた。
マア坊は、すぐには答えず、四辺を素早く身廻した。誰か見ていないかと、あたりに気をくばるような具合いであった。道場は、いま安静の時間である。し
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