んとしていた。マア坊は、こわばったような笑い方をして、ちょっと掌《てのひら》を口の横にかざし、あ、と大きく口をあけ、それから口をとがらせて顎《あご》をひき、その次に、口を半分くらいひらいてこっくり首肯《うなず》き、それから口を三分の二ほどひらいてまた、こっくり首肯いた。声を全然出さず、つまり口の形だけで通信しているのである。僕には、すぐにわかった。
「ア、ト、デ、ネ」と言っているのだ。
すぐにわかったけれども、わざと、同じ様に口の形だけで、「ア、ト、デ?」と聞きかえすと、もう一度、「ア、ト、デ、ネ」を一字一字区切って、子供がこっくりこっくりをするような身振りで可愛《かわい》く通信してみせて、それから、口の横にかざしていた掌を、内緒、内緒、とでもいうように小さく横に振って、肩をきゅっとすくめて笑い、小走りに別館のようへ走って行った。
「あとでね、か。案ずるより生むが易《やす》し、だ。」そんな事を心の中で呟《つぶや》き、僕は、どさんとベッドに寝ころがった。僕のよろこびに就いては説明する必要もあるまい。すべて、御賢察にまかせる。
そうして、きのうの夜の摩擦の時、僕はマア坊から、その「アト
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