た、旅役者にだまされるとは、なんというロマンチック。偉いと思った。凡俗でないと思った。必ず、必ず、ASという、その温泉場へ行って、浪を、ほめてあげようと思った。
 それから三年経って、私は東京の大学へはいり、喫茶店や、バアの女とも識る機会を持ったが、やはり浪を忘れ得なかった。そのとしの暑中休暇に、故郷へ帰る途中、汽車がそのASという温泉場へも停車したので、私は、とっさの中に覚悟をきめ、飛鳥の如く身を躍《おど》らせて下車してしまった。
 その夜、私は浪と逢った。浪は、太って、ずんぐりして、ちっとも美しくなかった。私は、やたらに酒を呑んだ。酔って来たら、多少ロマンチックな気持も蘇って来て、
「あなたは十年まえに、馬に乗って、Kという村に来たこと、なかったかね?」
「あったわ。」女は、なんでも無さそうにして答えた。
 私は膝を大いにすすめて、そのとき、あなたの踊った藤娘を、僕は見ていた。十二のときだった。それから、あなたを忘れられない。苦心して、あなたの居所さがし廻って、私は、いま十年ぶりで、やっと、あなたと逢うことができたのだ。と言っているうちに、やはり胸が一ぱいになって来て、私は泣きたく
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