。雑誌なんて、はじめから、やる気はなかったのさ。君を好きだから、君を離したくなかったから、海賊なんぞ持ちだしたまでのことだ。君が海賊の空想に胸をふくらめて、様様のプランを言いだすときの潤んだ眼だけが、僕の生き甲斐《がい》だった。この眼を見るために僕はきょうまで生きて来たのだと思った。僕は、ほんとうの愛情というものを君に教わって、はじめて知ったような気がしている。君は透明だ、純粋だ。おまけに、――美少年だ! 僕は君の瞳《ひとみ》のなかにフレキシビリティの極致を見たような気がする。そうだ。知性の井戸の底を覗いたのは、僕でもない太宰でもない佐竹でもない、君だ! 意外にも君であった。――ちぇっ! 僕はなぜこうべらべらしゃべってしまうのだろう。軽薄。狂躁《きょうそう》。ほんとうの愛情というものは死ぬまで黙っているものだ。菊のやつが僕にそう教えたことがある。君、ビッグ・ニュウス。どうしようもない。菊が君に惚《ほ》れているぞ。佐野次郎さんには、死んでも言うものか。死ぬほど好きなひとだもの。そんな逆説めいたことを口走って、サイダアを一瓶、頭から僕にぶっかけて、きゃっきゃっと気ちがいみたいに笑った。ところで君は、誰をいちばん好きなんだ。太宰を好きか? え。佐竹か? まさかねえ。そうだろう? 僕、――」
「僕は」私はぶちまけてしまおうと思った。「誰もみんなきらいです。菊ちゃんだけを好きなんだ。川のむこうにいた女よりさきに菊ちゃんを見て知っていたような気もするのです」
「まあ、いい」馬場はそう呟いて微笑んでみせたが、いきなり左手で顔をひたと覆って、嗚咽《おえつ》をはじめた。芝居の台詞《せりふ》みたいな一種リズミカルな口調でもって、「君、僕は泣いているのじゃないよ。うそ泣きだ。そら涙だ。ちくしょう! みんなそう言って笑うがいい。僕は生れたときから死ぬるきわまで狂言をつづけ了せる。僕は幽霊だ。ああ、僕を忘れないで呉れ! 僕には才分があるのだ。荒城の月を作曲したのは、誰だ。滝廉太郎を僕じゃないという奴がある。それほどまでにひとを疑わなくちゃ、いけないのか。嘘なら嘘でいい。――いや、うそじゃない。正しいことは正しく言い張らなければいけない。絶対に嘘じゃない」
私はひとりでふらふら外へ出た。雨が降っていた。ちまたに雨が降る。ああ、これは先刻、太宰が呟いた言葉じゃないか。そうだ、私は疲れているんだ
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