まるはだかの野苺と着飾つた市場の苺とどちらに誇りを感じます。登龍門といふものは、ひとを市場へ一直線に送りこむ外面如菩薩の地獄の門だ。けれども僕は着飾つた苺の悲しみを知つてゐる。さうしてこのごろ、それを尊く思ひはじめた。僕は逃げない。連れて行くところまでは行つてみる。」口を曲げて苦しさうに笑つた。「そのうちに君、眼がさめて見ると、――」
「おつとそれあ言ふな。」馬場は右手を鼻の先で力なく振つて、太宰の言葉をさへぎつた。「眼がさめたら、僕たちは生きて居れない。おい、佐野次郎。よさうよ。面白くねえや。君にはわるいけれども、僕は、やめる。僕はひとの食ひものになりたくないのだ。太宰に食はせる油揚げはよそを搜して見つけたらいい。太宰さん。海賊クラブは一日きりで解散だ。そのかはり、――」立ちあがつて、つかつか太宰のはうへ歩み寄り、「ばけもの!」
太宰は右の頬を毆られた。平手で音高く毆られた。太宰は瞬間まつたくの小兒のやうな泣きべそを掻いたが、すぐ、どす黒い唇を引きしめて、傲然と頭をもたげた。私はふつと、太宰の顏を好きに思つた。佐竹は眼をかるくつぶつて眠つたふりをしてゐた。
雨は晩になつてもやまな
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