――中傷さ。」
「それぢや言ふが、そのしどろもどろは僕の特質だ。たぐひ稀な特質だ。」
「しどろもどろの看板。」
「懷疑説の破綻と來るね。ああ、よして呉れ。僕は掛合ひ萬歳は好きでない。」
「君は自分の手鹽にかけた作品を市場にさらしたあとの突き刺されるやうな悲しみを知らないやうだ。お稻荷さまを拜んでしまつたあとの空虚を知らない。君たちは、たつたいま、一《いち》の鳥居をくぐつただけだ。」
「ちえつ! また御託宣か。――僕はあなたの小説を讀んだことはないが、リリシズムと、ウヰツトと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと、そんなものを除き去つたら、跡になんにも殘らぬやうな駄洒落小説をお書きになつてゐるやうな氣がするのです。僕はあなたに精神を感ぜずに世間を感ずる。藝術家の氣品を感ぜずに、人間の胃腑を感ずる。」
「わかつてゐます。けれども、僕は生きて行かなくちやいけないのです。たのみます、といつて頭をさげる、それが藝術家の作品のやうな氣さへしてゐるのだ。僕はいま世渡りといふことについて考へてゐる。僕は趣味で小説を書いてゐるのではない。結構な身分でゐて、道樂で書くくらゐなら、僕ははじめから何も書きはせん
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