きい眼でじつと見つめるぢやないか。おどろいたね。君、無智ゆゑに信じるのか、それとも利發ゆゑに信じるのか。ひとつ、信じるといふ題目で小説でも書かうかなあ。AがBを信じてゐる。そこへCやDやEやFやGやHやそのほかたくさんの人物がつぎつぎに出て來て、手を變へ品を變へ、さまざまにBを中傷する。――それから、――AはやつぱりBを信じてゐる。疑はない。てんから疑はない。安心してゐる。Aは女、Bは男、つまらない小説だね。ははん。」へんにはしやいでゐた。私は、彼の言葉をそのままに聞いてゐるだけで彼の胸のうちをべつだん何も忖度してはゐないのだといふところをすぐにも見せなければいけないと思つたから、
「その小説は面白さうですね。書いてみたら?」
 できるだけ餘念なささうな口調で言つて、前方の西郷隆盛の銅像をぼんやり眺めた。馬場は助かつたやうであつた。いつもの不機嫌さうな表情を、圓滑に、取り戻すことができたのである。
「ところが、――僕には小説が書けないのだ。君は怪談を好むたちだね?」
「ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するやうです。」
「こんな怪談はどうだ。」馬場は下唇をちろ
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