美青年たるべきこと。一藝に於いて秀拔の技倆を有すること。The Yellow Book の故智にならひ、ビアヅレイに匹敵する天才畫家を見つけ、これにどんどん※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]畫をかかせる。國際文化振興會なぞをたよらずに異國へわれらの藝術をわれらの手で知らせてやらう。資金として馬場が二百圓、私が百圓、そのうへほかの仲間たちから二百圓ほど出させる豫定である。仲間、――馬場が彼の親類筋にあたる佐竹六郎といふ東京美術學校の生徒をまづ私に紹介して呉れる段取りとなつた。その日、私は馬場との約束どほり、午後の四時頃、上野公園の菊ちやんの甘酒屋を訪れたのであるが、馬場は紺飛白の單衣に小倉の袴といふ維新風俗で赤毛氈の縁臺に腰かけて私を待つてゐた。馬場の足もとに、眞赤な麻の葉模樣の帶をしめ白い花の簪をつけた菊ちやんが、お給仕の塗盆を持つて丸く蹲つて馬場の顏をふり仰いだまま、みじろぎもせずじつとしてゐた。馬場の蒼黒い顏には弱い西日がぽつと明るくさしてゐて、夕靄がもやもや烟つてふたりのからだのまはりを包み、なんだかをかしな、狐狸のにほひのする風景であつた。
前へ 次へ
全45ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング