肉體だ。僕の胸には借金の穴が黒くぽかんとあいてゐる。本を出したおかげでこの滿たされぬ空洞がいよいよ深くなるかも知れないが、そのときにはまたそれでよし。とにかく僕は、僕自身にうまくひつこみをつけたいのだ。本の名は、海賊。具體的なことがらについては、君と相談のうへできめるつもりであるが、僕のプランとしては、輸出むきの雜誌にしたい。相手はフランスがよからう。君はたしかにずば拔けて語學ができる樣子だから、僕たちの書いた原稿をフランス語に直しておくれ。アンドレ・ジツドに一册送つて批評をもらはう。ああ、ヴアレリイと直接に論爭できるぞ。あの眠たさうなプルウストをひとつうろたへさせてやらうぢやないか。(君曰く、殘念、プルウストはもう死にました。)コクトオはまだ生きてゐるよ。君、ラデイゲが生きてゐたらねえ。デコブラ先生にも送つてやつてよろこばせてやるか、可哀さうに。
 こんな空想はたのしくないか。しかも實現はさほど困難でない。(書きしだい、文字が乾く。手紙文といふ特異な文體。敍述でもなし、會話でもなし、描寫でもなし、どうも不思議な、それでゐてちやんと獨立してゐる無氣味な文體。いや、ばかなことを言つた。)
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