のか、そのわけが私には呑みこめなかつた。ほどなく暑中休暇にはひり、東京から二百里はなれた本州の北端の山の中にある私の生家にかへつて、一日一日、庭の栗の木のしたで籐椅子にねそべり、煙草を七十本づつ吸つてぼんやりくらしてゐた。馬場が手紙を寄こした。
拜啓。
死ぬことだけは、待つて呉れないか。僕のために。君が自殺をしたなら、僕は、ああ僕へのいやがらせだな、とひそかに自惚れる。それでよかつたら、死にたまへ。僕もまた、かつては、いや、いまもなほ、生きることに不熱心である。けれども僕は自殺をしない。誰かに自惚れられるのが、いやなんだ。病氣と災難とを待つてゐる。けれどもいまのところ、僕の病氣は齒痛と痔である。死にさうもない。災難もなかなか來ない。僕の部屋の窓を夜どほし明けはなして盜賊の來襲を待ち、ひとつ彼に殺させてやらうと思つてゐるのであるが、窓からこつそり忍びこむ者は、蛾と羽蟻とかぶとむし、それから百萬の蚊軍。(君曰く、ああ僕とそつくりだ!)君、一緒に本を出さないか。僕は、本でも出して借金を全部かへしてしまつて、それから三日三晩くらゐぶつつづけにこんこんと眠りたいのだ。借金とは宙ぶらりんな僕の
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