つたのであるが、その夜、私はいつそく飛びに馬場へ離れがたない親狎の念を抱くにいたつた。淺草の酒の店を五六軒。馬場はドクタア・プラアゲと日本の樂壇との喧嘩を噛んで吐きだすやうにしながらながながと語り、プラアゲは偉い男さ、なぜつて、とまた獨りごとのやうにしてその理由を呟いてゐるうちに、私は私の女と逢ひたくて、居ても立つてもゐられなくなつた。私は馬場を誘つた。幻燈を見に行かうと囁いたのだ。馬場は幻燈を知らなかつた。よし、よし。けふだけは僕が先輩です。八十八夜だから連れていつてあげませう。私はそんなてれかくしの冗談を言ひながら、プラアゲ、プラアゲ、となほも低く呟きつづけてゐる馬場を無理、矢理、自動車に押しこんだ。急げ! ああ、いつもながらこの大川を越す瞬間のときめき。幻燈のまち。そのまちには、よく似た路地が蜘蛛の巣のやうに四通八達してゐて、路地の兩側の家々の、一尺に二尺くらゐの小窓小窓でわかい女の顏が花やかに笑つてゐるのであつて、このまちへ一歩踏みこむと肩の重みがすつと拔け、ひとはおのれの一切の姿勢を忘却し、逃げ了せた罪人のやうに美しく落ちつきはらつて一夜をすごす。馬場にはこのまちが始めてのや
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