並んだだけでも歴史的だ。さうだ! 僕はやるぞ。なにも宿命だ。いやな仲間もまた一興ぢやないか。僕はいのちをことし一年限りとして Le Pirate に僕の全部の運命を賭ける。乞食になるか、バイロンになるか。神われに五ペンスを與ふ。佐竹の陰謀なんて糞くらへだ!」ふいと聲を落して、「君、起きろよ。雨戸をあけてやらう。もうすぐみんなここへ來るよ。けふこの部屋で海賊の打ち合せをしようと思つてね。」
私も馬場の興奮に釣られてうろうろしはじめ、蒲團を蹴つて起きあがり、馬場とふたりで腐りかけた雨戸をがたぴしこじあけた。本郷のまちの屋根屋根は雨でけむつてゐた。
ひるごろ、佐竹が來た。レンコオトも帽子もなく、天鵞絨のズボンに水色の毛絲のジヤケツを着けたきりで、顏は雨に濡れて、月のやうに青く光つた不思議な頬の色であつた。夜光蟲は私たちに一言の挨拶もせず、溶けて崩れるやうにへたへたと部屋の隅に寢そべつた。
「かんにんして呉れよ。僕は疲れてゐるんだ。」
すぐつづいて太宰が障子をあけてのつそりあらはれた。ひとめ見て、私はあわてふためいて眼をそらした。これはいけないと思つた。彼の風貌は、馬場の形容を基にして私が描いて置いた好惡ふたつの影像のうち、わるいはうの影像と一分一厘の間隙もなくぴつたり重なり合つた。さうして尚さらいけないことには、そのときの太宰の服裝がそつくり、馬場のかねがね最もいみきらつてゐるたちのものだつたではないか。派手な大島絣の袷に總絞りの兵古帶、荒い格子縞のハンチング、淺黄の羽二重の長襦袢の裾がちらちらこぼれて見えて、その裾をちよつとつまみあげて坐つたものであるが、窓のそとの景色を、形だけ眺めたふりをして、
「ちまたに雨が降る。」と女のやうな細い甲高い聲で言つて、私たちのはうを振りむき赤濁りに濁つた眼を絲のやうに細くし顏ぢゆうをくしやくしやにして笑つてみせた。私は部屋から飛び出してお茶を取りに階下へ降りた。お茶道具と鐵瓶とを持つて部屋へかへつて來たら、もうすでに馬場と太宰が爭つてゐたのである。
太宰は坊主頭のうしろへ兩手を組んで、「言葉はどうでもよいのです。いつたいやる氣なのかね?」
「何をです。」
「雜誌をさ。やるなら一緒にやつてもいい。」
「あなたは一體、何しにここへ來たのだらう。」
「さあ、――風に吹かれて。」
「言つて置くけれども、御託宣と、警句と、冗談と、それか
前へ
次へ
全23ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング