《りんごばたけ》のまんまんなかでこともなげに寝込んでいたからであった。湯流山は氷のかけらが溶けかけているような形で、峯《みね》には三つのなだらかな起伏があり西端は流れたようにゆるやかな傾斜をなしていた。百|米《メートル》くらいの高さであった。太郎がどうしてそんな山の中にまで行き着けたのか、その訳は不明であった。いや、太郎がひとりで登っていったにちがいないのだ。けれどもなぜ登っていったのかその訳がわからなかった。
 発見者である蕨《わらび》取りの娘の手籠《てかご》にいれられ、ゆられゆられしながら太郎は村へ帰って来た。手籠のなかを覗《のぞ》いてみた村のひとたちは皆、眉のあいだに黒い油ぎった皺《しわ》をよせて、天狗《てんぐ》、天狗とうなずき合った。惣助はわが子の無事である姿を見て、これは、これは、と言った。困ったとも言えなかったし、よかったとも言えなかった。母者人はそんなに取り乱していなかった。太郎を抱きあげ、蕨《わらび》取りの娘の手籠には太郎のかわりに手拭地を一|反《たん》いれてやって、それから土間へ大きな盥《たらい》を持ち出しお湯をなみなみといれ、太郎のからだを静かに洗った。太郎のからだ
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