は》い出すようなことはなく、二時間ほどは眼をつぶって眠ったふりをしているのである。かるがるしきからだの仕草をきらう精神を持っていたのであった。三歳のとき、鳥渡《ちょっと》した事件を起し、その事件のお蔭で鍬形太郎の名前が村のひとたちのあいだに少しひろまった。それは新聞の事件でないゆえ、それだけほんとうの事件であった。太郎がどこまでも歩いたのである。
春のはじめのことであった。夜、太郎は母者人のふところから音もたてずにころがり出た。ころころと土間へころげ落ち、それから戸外へまろび出た。戸外へ出てから、しゃんと立ちあがったのである。惣助も、また母者人も、それを知らずに眠っていた。
満月が太郎のすぐ額のうえに浮んでいた。満月の輪廓《りんかく》はにじんでいた。めだかの模様の襦袢《じゅばん》に慈姑《くわい》の模様の綿入れ胴衣を重ねて着ている太郎は、はだしのままで村の馬糞《ばふん》だらけの砂利道《じゃりみち》を東へ歩いた。ねむたげに眼を半分とじて小さい息をせわしなく吐きながら歩いた。
翌《あく》る朝、村は騒動であった。三歳の太郎が村からたっぷり一里もはなれている湯流山《ゆながれやま》の、林檎畑
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