も、生きていたほうがよいのかね。わしだって、若い頃には、ラプンツェルに決して負けない綺麗な娘だったが、旅の猟師に可愛がられラプンツェルを産んで、わしの母から死ぬか、生きていたいかと訊《たず》ねられ、わしは何としても生きていたかったから、生かして置いてくれとたのんだら、母は、まじないをして、わしの命を助けてくれたが、おかげで、わしはごらんのとおりの美事な顔になりましたよ。どうだね、さっきのお前さまの念願には、嘘が無いかね?」
「死なせて下さい。」ラプンツェルは、病床で幽《かす》かに身悶《みもだ》えして、言いました。「あたしさえ死ねば、もう、みなさん無事にお暮し出来るのです。王子さま、ラプンツェルは、いままでお世話になって、もう何の不足もございません。生きて、つらい目に遭うのは、いやです。」
「生かしてやってくれ!」王子は、こんどは本当の勇気を以《もっ》て、きっぱりと言いました。額には苦悶の油汗が浮いていました。「ラプンツェルは、この婆のような醜い顔になる筈が無い。」
「わしが、なんで嘘など言うものか。よろしい。そんならば、ラプンツェルを末永く生かして置いてあげよう。どんなに醜い顔になっても、お前さまは、変らずラプンツェルを可愛がってあげますか?」
その五
次男の病床の口述筆記は、短い割に、多少の飛躍があったようである。けれども、さすがに病床の粥腹《かゆばら》では、日頃、日本のあらゆる現代作家を冷笑している高慢無礼の驕児《きょうじ》も、その特異の才能の片鱗《へんりん》を、ちらと見せただけで、思案してまとめて置いたプランの三分の一も言い現わす事が出来ず、へたばってしまった。あたら才能も、風邪の微熱には勝てぬと見える。飛躍が少しはじまりかけたままの姿で、むなしくバトンは次の選手に委《ゆだ》ねられた。次の選手は、これまた生意気な次女である。あっと一驚させずば止《や》まぬ態《てい》の功名心に燃えて、四日目、朝からそわそわしていた。家族そろって朝ごはんの食卓についた時にも、自分だけは、特に、パンと牛乳だけで軽くすませた。家族のひとたちの様に味噌汁、お沢庵《たくあん》などの現実的なるものを摂取するならば胃腑《いふ》も濁って、空想も萎靡《いび》するに違いないという思惑からでもあろうか。食事をすませてから応接室に行き、つッ立ったまま、ピアノのキイを矢鱈《やたら》にた
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