する愛情こそ、純粋なものだと思います。王子は、心からラプンツェルを愛していました。
「死ぬなんてばかな事を言ってはいけない。」と大いに不満そうに口を尖《とが》らせて言いました。
「私は君を、どんなに愛しているのか、わからないのか。」とも言いました。王子は、正直な人でした。でも、正直の美徳だけでは、ラプンツェルの重い病気をなおす事は出来ません。
「生きていてくれ!」と呻《うめ》きました。「死んでは、いかん!」と叫びました。他に何も、言うべき言葉が無いのです。
「ただ、生きて、生きてだけ、いてくれ。」と声を落して呟《つぶや》いた時、その時、
「ほんとうかね。生きてさえ居れば、いいのじゃな?」という嗄《しわが》れた声を、耳元に囁《ささや》かれ、愕然《がくぜん》として振り向くと、ああ、王子の髪は逆立ちました。全身に冷水を浴びせられた気持でした。老婆が、魔法使いの老婆が、すぐ背後に、ひっそり立っていたのです。
「何しに来た!」王子は勇気の故ではなく、あまりの恐怖の故に、思わず大声で叫びました。
「娘を助けに来たのじゃないか。」老婆は、平気な口調で答え、それから、にやりと笑いました。「知っていたのだよ。婆さんには、此《こ》の世で、わからない事は無いのだよ。みんな知っていましたよ。お前さまが、わしの娘を此の城に連れて来て、可愛いがっていなさる事は、とうから知っていましたよ。ただ、一時の、もて遊びものになさる気だったら、わしだって黙ってはいなかったのだが、そうでもないらしいので、わしは今まで我慢してやっていたのだよ。わしだって、娘が仕合せに暮していると、少しは嬉しいさ。けれども、もう、だめなようだね。お前さまは知るまいが魔法使いの家に生れた女の子は、男に可愛がられて子供を産むと、死ぬか、でもなければ、世の中で一ばん醜い顔になってしまうか、どちらかに、きまっているのだよ。ラプンツェルは、その事を、はっきりは知っていなかったようだが、でも、何かしら勘《かん》でわかっていた筈だね。子供を産むのを、いやがっていたろうに。可哀そうな事になったわい。お前さまは、一体、ラプンツェルを、どうなさるつもりだね。見殺しにするか、それとも、わしのような醜い顔になっても、生かして置きたいか。お前さまは、さっき、どんな事があっても、生きてだけいておくれ、と念じていなさったが、どうかね、わしのような顔になって
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