どれどれ。」と祖母は帯の間から老眼鏡を取り出し、末弟のお伽噺《とぎばなし》を小さい声を出して読みはじめた。くつくつ笑い出して、「おやおや、この子は、まあ、ませた事を知っているじゃないか。面白い。よく書けていますよ。でも、これじゃ、あとが続かないね。」
「あたりまえさ。」
「困ったね? 私ならば、こう書くね。お城では、二人を大喜びで迎えました。けれども、これから不仕合せが続きます、と書きます。どうだろうね。こんな魔法使いの娘と、王子さまでは身分がちがいすぎますよ。どんなに好き合っていたって、末は、うまく行かないね。こんな縁談は、不仕合せのもとさ。どうだね?」と言って、末弟の肩を人指ゆびで、とんと突いた。
「知っていますよ、そんな事ぐらい。あっちへ行って! 僕には、僕の考えがあるんですからね。」
「おや、そうかい。」祖母は落ちついたものである。たいてい、末弟の考えというものがわかっているのである。「大急ぎで、あとを書いて、茶の間へおいで。おなかが、すいたろう。おぞうにを食べて、それから、かるたでもして遊んだらいいじゃないか。そんな、競争なんて、つまらない。あとは、大きい姉さんに頼んでおしまい。あれは、とても上手だから。」
 祖母を追い出してから、末弟は、おもむろに所謂《いわゆる》、自分の考えなるものを書き加えた。
「けれども、これから不仕合せが続きます。魔法使いの娘と、王子とでは、身分があまりに違いすぎます。ここから不仕合せが起るのです。あとは大姉さんに、お願いいたします。ラプンツェルを大事にしてやって下さい。」と祖母の言ったとおりに書いて、ほっと溜息《ためいき》をついた。

       その三

 きょうは二日である。一家そろって、お雑煮《ぞうに》を食べてそれから長女ひとりは、すぐに自分の書斎へしりぞいた。純白の毛糸のセエタアの、胸には、黄色い小さな薔薇《ばら》の造花をつけている。机の前に少し膝《ひざ》を崩して坐り、それから眼鏡をはずして、にやにや笑いながらハンケチで眼鏡の玉を、せっせと拭いた。それが終ってから、また眼鏡をかけ、眼を大袈裟《おおげさ》にぱちくりとさせた。急に真面目な顔になり、坐り直して机に頬杖《ほおづえ》をつき、しばらく思いに沈んだ。やがて、万年筆を執《と》って書きはじめた。
 ――恋愛の舞踏の終ったところから、つねに、真の物語がはじまります。めでた
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