を書くことはやめよう。慾がついた。
「人は生涯、同一水準の作品しか書けない。」コクトオの言葉と記憶している。きょうの私もまた、この言葉を楯《たて》に執《と》る。もう一作拝見、もう一作拝見、てうかしがましい市場の呼び声に私は答える。「同じことだ。――舞台を与えよ。――私はお気に入るだろう。――こいしくばたずね来てみよ。私は袋の中から七篇の見本をとりだして、もいちどお目にかけるまでのことだ。私はその七篇にぶち撒《ま》かれた私の血や汗のことは言わない。見れば判るにきまっている。すでにすでに私には選ばれる資格があるのだ。」買い手がなかったらどうしようかしら。
私には慾がついて、よろずにけち臭くなって、ただで小説を発表するのが惜しくなって来たのだけれども、もし買いに来るひとがなかったなら、そのうちに、私の名前がだんだんみんなに忘れられていって、たしかに死んだ筈だがと薄暗いおでんやなどで噂《うわさ》をされる。それでは私の生業もなにもあったものでない。いろいろ考えてからもの思う葦という題で毎月、あるいは隔月くらいに五六枚ずつ様々のことを書き綴ってゆこうというところに落ちついたのだ。みなさんに忘れら
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