全き放心の後に来る、もの凄《すさま》じきアンニュイを君知るや否や。

     世渡りの秘訣

 節度を保つこと。節度を保つこと。

     緑雨

 保田君曰く、「このごろ緑雨を読んでいます。」緑雨かつて自らを正直正太夫と称せしことあり。保田君。この果敢なる勇気にひかれたるか。

     ふたたび書簡のこと

 友人にも逢わず、ひとり、こうして田舎に居れば、恥多い手紙を書く度数もいよいよしげくなるわけだ。けれども、先日、私は、作家の書簡集、日記、断片をすべてくだらないと言ってしまった。いまでも、そう思っている。よし、とゆるした私の書簡は私の手で発表する。以下、二通。(文章のてにをはの記憶ちがいは許せ。)
 保田君。
 ぼくもまた、二十代なのだ。舌焼け、胸焦げ、空高き雁《かり》の声を聞いている。今宵、風寒く、身の置きどころなし。不一。
 さらに一通は、
(眠られぬままに、ある夜、年長の知人へ書きやる。)
 かなしいことには、あれでさえ、なおかつ、狂言にすぎなかった。われとわが額を壁に打ちつけ、この生命《いのち》絶たむとはかった。あわれ、これもまた、「文章」にすぎない。君、僕は覚悟している。僕の芸術は、おもちゃの持つ美しさと寸分異るところがないということを。あの、でんでん太鼓の美しさと。(一行あけて)ほととぎす、いまわのきわの一声は、「死ぬるとも、巧言令色であれ!」

 このほか三通、気にかかっている書簡があるのだけれど、それらに就いては後日、また機会もあろう。(ないかも知れぬ。)

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追記。文芸冊子「非望」第六号所載、出方名英光の「空吹く風」は、見どころある作品なり。その文章駆使に当って、いま一そう、ひそかに厳酷なるところあったなら、さらに申し分なかったろうものを。
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     わが儘《まま》という事

 文学のためにわがままをするというのは、いいことだ。社会的には二十円三十円のわがまま、それをさえできず、いま更なんの文学ぞや。

    百花撩乱《ひゃっかりょうらん》主義

 福本和夫、大震災、首相暗殺、そのほか滅茶滅茶のこと、数千。私は、少年期、青年期に、いわば「見るべからざるもの。」をのみ、この眼で見て、この耳で聞いてしまった。二十七八歳を限度として、それよりわかい青年、すべて、口にいわれぬ、人知れない苦しみ
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