ました。けれども、少しも眠れませんでした。
ひる少し前に起きて、私は、ごはんを食べました。生鮭《なまざけ》を、おいしいと思いました。信濃川からとれるようです。味噌汁の豆腐が、ひどく柔かで上等だったので、新潟の豆腐は有名なのですか、と女中さんに尋ねたら、さあ、そんな話は聞いて居りません、はい、と答えました。はい、という言いかたに特徴があります。片仮名の、ハイという感じであります。一時ちかく、生徒たちが自動車で迎えに来ました。学校は、海岸の砂丘の上に建てられているのだそうです。自動車の中で、
「授業中にも、浪の音が聞えるだろうね。」
「そんな事は、ありません。」生徒たちは顔を見合せて、失笑しました。私の老いたロマンチシズムが可笑《おか》しかったのかも知れません。
正門前で自動車から降りて、見ると、学校は渋柿色の木造建築で、低く、砂丘の陰に潜んでいる兵舎のようでありました。玄関傍の窓から、女の人の笑顔が三つ四つ、こちらを覗《のぞ》いているのに気が附きました。事務の人たちなのでありましょう。私は、もっといい着物を着て来ればよかったと思いました。玄関に上る時にも、私の下駄の悪いのに、少し気が
前へ
次へ
全13ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング