した。私は自分を、女の心理に非常に通暁《つうぎょう》している一種の色魔なのではないかしらと錯覚し、いやらしい思いをしました。ボロ服の乞食姿で、子供を二人も連れている色魔もないものですが、しかし、幽《かす》かに私には心理の駈引《かけひ》きがあったのです。他の乗客が、その果物籠をめがけて集り大騒ぎをしているあいだも、私はそれには全く興味がなさそうに、窓の外の景色をぼんやり眺めていたのです。内心は、私こそ誰よりも最も、その籠の内容物に関心を持っていたに違いないのですが、けれども私は、我慢してその方向には一瞥《いちべつ》もくれなかったのでした。それが成功したのかも知れない、と思うと、なんだか自分が、案外に女たらしの才能のある男のような感じがして、うしろぐらい気が致しました。
「どこまで?」
 おかみさんは、せかせかした口調で、前の席に坐っている妻に話掛けます。
「青森のもっと向うです。」
 と妻はぶあいそに答えます。
「それは、たいへんだね。やっぱり罹災《りさい》したのですか。」
「はあ。」
 妻は、いったいに、無口な女です。
「どこで?」
「甲府で。」
「子供を連れているんでは、やっかいだ。
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