あがりませんか?」
桃とトマトを十ばかり、すばやく妻の膝《ひざ》の上に乗せてやって、
「隠して下さい。他の野郎たちが、うるさいから。」
果して、大型の紙幣を片手に握ってそれとなく見せびらかし、「いくつでもいいよ、売ってくれ」と小声で言って迫る男があらわれました。
「うるさいよ。」
おかみさんは顔をしかめ、
「売り物じゃないんだよ。」
と叫んで追い払います。
それから、妻は、まずい事を仕出かしました。突然お金を、そのおかみさんに握らせようとしたのです。たちまち、
ま!
いや!
いいえ!
さ!
どう!
などと、殆《ほと》んど言葉にも何もなっていない小さい叫びが二人の口から交互に火花の如くぱっぱっと飛び出て、そのあいだ、眼にもとまらぬ早さでお金がそっちへ行ったりこっちへ来たりしていました。
じんどう!
たしかに、おかみさんの口から、そんな言葉も飛び出しました。
「そりゃ、失礼だよ。」
と私は低い声で言って妻をたしなめました。
こうして書くと長たらしくなりますが、妻がお金を出して、それから火花がぱっぱっと散って、それから私が仲裁にはいって、妻がしぶしぶまた金をひっ
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