ひになつてゐるのですよ。」
浦島はぎよつとして爪先き立つた。だうりで、さつきから足の裏がぬらぬらすると思つてゐた。見ると、なるほど、大小無数の魚どもがすきまもなく背中を並べて、身動きもせず凝つとしてゐる。
「これは、ひどい。」と浦島は、にはかにおつかなびつくりの歩調になつて、「悪い趣味だ。これがすなはち簡素幽邃の美かね。さかなの背中を踏んづけて歩くなんて、野蛮きはまる事ぢやないか。だいいちこのさかなたちに気の毒だ。こんな奇妙な風流は、私のやうな田舎者にはわかりませんねえ。」とさつき田舎者と言はれた鬱憤をここに於いてはらして、ちよつと溜飲がさがつた。
「いいえ、」とその時、足許で細い声がして、「私たちはここに毎日集つて、乙姫さまの琴の音《ね》に聞き惚れてゐるのです。魚の掛橋は風流のために作つてゐるのではありません。かまはず、どうかお通り下さい。」
「さうですか。」と浦島はひそかに苦笑して、「私はまた、これも竜宮の装飾の一つかと思つて。」
「それだけぢやあるまい。」亀はすかさず口をはさんで、「ひよつとしたら、この掛橋も浦島の若旦那を歓迎のために、乙姫さまが特にさかなたちに命じて、」
「あ
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