、これ、」と浦島は狼狽し、赤面し、「まさか、それほど私は自惚れてはゐません。でも、ね、お前はこれを廊下の床《ゆか》のかはりだなんていい加減を言ふものだから、私も、つい、その、さかなたちが踏まれて痛いかと思つてね。」
「さかなの世界には、床《ゆか》なんてものは必要がありません。これがまあ、陸上の家にたとへたならば、廊下の床《ゆか》にでも当るかと思つて私はあんな説明をしてあげたので、決していい加減を言つたんぢやない。なに、さかなたちは痛いなんて思ふもんですか。海の底では、あなたのからだだつて紙一枚の重さくらゐしか無いのですよ。何だか、ご自分のからだが、ふはふは浮くやうな気がするでせう?」
 さう言はれてみると、ふはふはするやうな感じがしないでもない。浦島は、重ね重ね、亀から無用の嘲弄を受けてゐるやうな気がして、いまいましくてならぬ。
「私はもう何も信じる気がしなくなつた。これだから私は、冒険といふものはいやなんだ。だまされたつて、それを看破する法が無いんだからね。ただもう、道案内者の言ふ事に従つてゐなければいけない。これはこんなものだと言はれたら、それつきりなんだからね。実に、冒険は人を欺
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