を防ぐためのものではありません。」
「そんなものかね。」と浦島はなほもけげんな顔つきで、「その乙姫の部屋といふのは、どこにあるの? 見渡したところ冥途もかくや、蕭寂たる幽境、一木一草も見当らんぢやないか。」
「どうも田舎者には困るね。でつかい建物《たてもの》や、ごてごてした装飾には口をあけておつたまげても、こんな幽邃の美には一向に感心しない。浦島さん、あなたの上品《じやうぼん》もあてにならんね。もつとも丹後の荒磯の風流人ぢや無理もないがね。伝統の教養とやらも、聞いて冷汗が出るよ。正統の風流人とはよくも言つた。かうして実地に臨んでみると、田舎者まる出しなんだから恐れいる。人真似こまねの風流ごつこは、まあ、これからは、やめるんだね。」
亀の毒舌は竜宮に着いたら、何だかまた一段と凄くなつて来た。
浦島は心細さ限り無く、
「だつて、何も見えやしないんだもの。」とほとんど泣き声で言つた。
「だから、足許に気をつけなさいつて、云つてるぢやありませんか。この廊下は、ただの廊下ぢやないんですよ。魚の掛橋ですよ。よく気をつけてごらんなさい。幾億といふ魚がひしとかたまつて、廊下の床《ゆか》みたいな工合
前へ
次へ
全147ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング