してね、しかし、あそこは遊ぶには、いいところだ、それだけは保証します。信じて下さい。歌と舞ひと、美食と酒の国です。あなたたち風流人には、もつて来いの国です。あなたは、さつき批評はいやだとつくづく慨歎してゐたではありませんか、竜宮には批評はありませんよ。」
 浦島は亀の驚くべき饒舌に閉口し切つてゐたが、しかし、その最後の一言に、ふと心をひかれた。
「本当になあ、そんな国があつたらなあ。」
「あれ、まだ疑つてゐやがる。私は嘘をついてゐるのぢやありません。なぜ私を信じないんです。怒りますよ。実行しないで、ただ、あこがれて溜息をついてゐるのが風流人ですか。いやらしいものだ。」
 性温厚の浦島も、そんなにまでひどく罵倒されては、このまま引下るわけにも行かなくなつた。
「それぢやまあ仕方が無い。」と苦笑しながら、「仰せに随つて、お前の甲羅に腰かけてみるか。」
「言ふ事すべて気にいらん。」と亀は本気にふくれて、「腰かけてみる[#「みる」に傍点]か、とは何事です。腰かけてみる[#「みる」に傍点]のも、腰かけるのも、結果に於いては同じぢやないか。疑ひながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲る
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