のも、その運命は同じ事です。どつちにしたつて引返すことは出来ないんだ。試みたとたんに、あなたの運命がちやんときめられてしまふのだ。人生には試みなんて、存在しないんだ。やつてみる[#「みる」に傍点]のは、やつたのと同じだ。実にあなたたちは、往生際が悪い。引返す事が出来るものだと思つてゐる。」
「わかつたよ、わかつたよ。それでは信じて乗せてもらはう!」
「よし来た。」
亀の甲羅に浦島が腰をおろしたとみるみる亀の背中はひろがつて畳二枚くらゐ敷けるくらゐの大きさになり、ゆらりと動いて海にはひる。汀から一丁ほど泳いで、それから亀は、
「ちよつと眼をつぶつて。」ときびしい口調で命令し、浦島は素直に眼をつぶると夕立ちの如き音がして、身辺ほのあたたかく、春風に似て春風よりも少し重たい風が耳朶をなぶる。
「水深千尋。」と亀が言ふ。
浦島は船酔ひに似た胸苦しさを覚えた。
「吐いてもいいか。」と眼をつぶつたまま亀に尋ねる。
「なんだ、へどを吐くのか。」と亀は以前の剽軽な口調にかへつて、「きたねえ船客だな。おや、馬鹿正直に、まだ眼をつぶつてゐやがる。これだから私は、太郎さんが好きさ。もう眼をあいてもよござ
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