の乞食の場合は、まつぴらなんだ。実生活の生臭い風にお顔を撫でられるのが、とてもとても、いやなんだ。お手を、よごすのがいやなのさ。なんてね、こんなのを、聞いたふうの事、と言ふんですよ、浦島さん。あなたは怒りやしませんね。だつて、私はあなたを好きなんだもの、いや、怒るかな? あなたのやうに上流の宿命を持つてゐるお方たちは、私たち下賤のものに好かれる事をさへ不名誉だと思つてゐるらしいのだから始末がわるい。殊に私は亀なんだからな。亀に好かれたんぢやあ気味がわるいか、しかし、まあ勘弁して下さいよ、好き嫌ひは理窟ぢや無いんだ。あなたに助けられたから好きといふわけでも無いし、あなたが風流人だから好きといふのでも無い。ただ、ふつと好きなんだ。好きだから、あなたの悪口を言つて、あなたをからかつてみたくなるんだ。これがつまり私たち爬虫類の愛情の表現の仕方なのさ。どうもね、爬虫類だからね、蛇の親類なんだからね、信用のないのも無理がねえよ。しかし私は、エデンの園の蛇ぢやない、はばかりながら日本の亀だ。あなたに竜宮行きをそそのかして堕落させようなんて、たくらんでゐるんぢやねえのだ。心意気を買つてくんな。私はただ
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