な茶の間にかへると、そこには、大小さまざまの葛籠《つづら》が並べられてある。
「せつかくおいで下さつても、おもてなしも出来なくて恥かしう存じます。」とお鈴さんは口調を改めて言ひ、「せめて、雀の里のお土産のおしるしに、この葛籠のうちどれでもお気に召したものをお邪魔でございませうが、お持ち帰り下さいまし。」
「要らないよ、そんなもの。」とお爺さんは不機嫌さうに呟き、そのたくさんの葛籠には目もくれず、「おれの履物はどこにあります。」
「困りますわ。どれか一つ持つて帰つて下さいよ。」とお鈴さんは泣き声になり、「あとで私は、お照さんに怒られます。」
「怒りやしない。あの子は、決して怒りやしない。おれは知つてゐる。ところで、履物はどこにあります。きたない藁靴をはいて来た筈だが。」
「捨てちやひました。はだしでお帰りになるといいわ。」
「それは、ひどい。」
「それぢや、何か一つお土産を持つてお帰りになつてよ。後生、お願ひ。」と小さい手を合せる。
 お爺さんは苦笑して、座敷に並べられてある葛籠をちらと見て、
「みんな大きい。大きすぎる。おれは荷物を持つて歩くのは、きらひです。ふところにはひるくらゐの小
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