》の図でしたが、やはり気まずく、夫は私の視線を避けてばかりいますし、また私も、夫の痛いところにさわらないよう話題を細心に選択しなければならず、どうしても話がはずみません。長女のマサ子も、長男の義太郎も、何か両親のそんな気持のこだわりを敏感に察するものらしく、ひどくおとなしく代用食の蒸《むし》パンをズルチンの紅茶にひたしてたべています。
「昼の酒は、酔うねえ。」
「あら、ほんとう、からだじゅう、まっかですわ。」
その時ちらと、私は、見ました。夫の顎《あご》の下に、むらさき色の蛾《が》が一匹へばりついていて、いいえ、蛾ではありません、結婚したばかりの頃、私にも、その、覚えがあったので、蛾の形のあざをちらと見て、はっとして、と同時に夫も、私に気づかれたのを知ったらしく、どぎまぎして、肩にかけている濡れ手拭いの端で、そのかまれた跡を不器用におおいかくし、はじめからその蛾の形をごまかすために濡れ手拭いなど肩にかけていたのだという事もわかりましたが、しかし、私はなんにも気附かぬふりを仕様と、ずいぶん努力して、
「マサ子も、お父さまとご一緒だと、パンパがおいしいようね。」
と冗談めかして言ってみ
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