ったら、いじらしさに胸が一ぱいになり、とても洗濯をつづける事が出来なくて、立って私も夫の後を追って家へはいり、
「暑かったでしょう? はだかになったら? けさ、お盆の特配で、ビイルが二本配給になったの。ひやして置きましたけど、お飲みになりますか?」
 夫はおどおどして気弱く笑い、
「そいつは、凄《すご》いね。」
 と声さえかすれて、
「お母さんと一本ずつ飲みましょうか。」
 見え透いた、下手《へた》なお世辞みたいな事まで言うのでした。
「お相手をしますわ。」
 私の死んだ父が大酒家で、そのせいか私は、夫よりもお酒が強いくらいなのです。結婚したばかりの頃、夫と二人で新宿を歩いて、おでんやなどにはいり、お酒を飲んでも、夫はすぐ真赤になってだめになりますが、私は一向になんとも無く、ただすこし、どういうわけか耳鳴りみたいなものを感ずるだけでした。
 三畳間で、子供たちは、ごはん、夫は、はだかで、そうして濡《ぬ》れ手拭《てぬぐ》いを肩にかぶせて、ビイル、私はコップ一ぱいだけ附合わせていただいて、あとはもったいないので遠慮して、次女のトシ子を抱いておっぱいをやり、うわべは平和な一家|団欒《だんらん
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