まに飛出して時に或は土かたになり、また時に或は車をも輓いて、やがて今の下駄職に転じ、盆栽を妻とし、絵画を恋人として、彼と此とに戯れ、以て個中の別天地を楽しんでいる。
聞説《きくならく》、またかれは何人から耳にしたのか蕪村の風流をしたい、そが半生の逸事佳話は一つとして識らざるなく、殊に驚嘆すべきは余財を傾けて蕪村の短冊一葉を己れの有としたことで、かれはこれらのものを購うにも決して価の高下を言わず、他のいうがままに買いとるのである。曰く、「価を値切るなんて、それじゃ自分の楽しみを値切るようなもんでさァ」
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三ヶ日と七草
正月は三ヶ日が江戸ッ児の最も真面目なるべき時だ。かれらは元日の黎明に若水汲んで含嗽《うがい》し、衣を改めて芝浦、愛宕山、九段、上野、待乳山《まつちやま》などに初日の出を拝し、帰来屠蘇雑煮餅を祝うて、更に恵方詣をなす、亀戸天神、深川八幡、日枝神社、湯島天神、神田明神などはその主なるものである。
かくして更に向島の七福神巡りをするものもあれば、近所の廻礼をすますものもある、けれど廻礼には大方二日以後の日を択び、元日はただ※[#「口+喜」、第3水準1
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