、されど最も憾むべきはお濠の中なるがあとなくなったことだ。
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 滝あみ



 那智、華厳、養老、不動なんど、銀河倒懸三千尺の雄大なるは見難きも、水に親しむ夏には江戸ッ児も滝あみを思立つが多く、近年は専ら権現の滝、不動の滝なぞ足場がよいからか王子などに行く人多く、大方は朝顔を入谷に見て不忍の蓮をも賞し、忍川、あげだしさては鳥又、笹の雪と思い思いの家に朝茶の子すまし、早ければ道灌山を飛鳥山に出て、到る処に緑蔭の清風を貪り、さていい加減汗になって滝浴みという順序だが、横着には汽車を利して王子までを一[#(ト)]飛び、滝の川に臨める水亭に帯くつろげて汗を入れ、枝豆、衣かつぎの茹加減なを摘み塩つけて頬張った上、さてそろそろ滝壺へおり立って九夏の炎塵を忘るる。
 この滝、王子なるも何処なるも女滝男滝にわかれて、殊に当節は葭簀《よしず》の囲いさえ結われたが、江戸ッ児は男も女も噪《さわ》ぐのが面白く、葭簀を境いにキャッキャッとの騒ぎ、街衢をはなれたこの小|仙寰《せんかん》には遠慮も会釈もあったものではない。
 滝の名所はここ王子なるを初めに、角筈《つのはず》の十二社《じゅうにそう》、
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