三盆白をふりかけた奴を匙で口にした気持ち、それが食道を通って胃腑におちいた時には骨の髄までも冷さが沁入るようで、夏の暑さもサラリと忘れたよう、何が旨い彼が好いと言ってからが、この味いはまた格別。それにこうして胆ッ玉まで冷やすところなざァ江戸ッ児に持ってこいの代物《しろもの》、これでなくちゃァすべてがお話にならねえのだと誰やらに言わしたら拳固で鼻ッ面を横撫でするところだろう。
 更にまた退いて考うるに、江戸ッ児の趣味は何処までいっても俳諧の風雅に一致しておる。三昧に入らずして既に禅定の機を悟り、ザックバランでもよくその気分を貴ぶ。蓋し江戸ッ児は終始この間に生き、この間に動き、そしてこの間にかれらの存在の意義を語りつつあるのである。
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 川開き



 両国の川開きは年々の隅田川夕涼みの魁《さきがけ》をなし、昔は玉屋鍵屋が承って五月二十八日より上流下流に大伝馬をもやいて大花火、仕掛花火を打揚げる。江戸ッ児の魂を有頂天にして、足元の小石にも跪かしむるはこの時で、「玉屋ァい――鍵屋ァい――」と老若ともに囃し立てた暫時は、空に咲き散れる火花の響きも耳にはとどかず、都の人々大方はそ
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